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IRONMAN Japan みなみ北海道 Vol.5

抑え抑えてBIKEを終了。タイムは理想に全く届かず、とは言え、てるみに伝えていた目標タイムと、ほぼ同じだった。

T2を出ると待ち構えていたのは階段!大問題を抱えているのに… 前日バックを預ける際、てるみと「180キロの後、アレを降りてくるんだ!?」と見て笑った件「手すりをしっかり持って降りてきてね!」と彼女からアドバイスをもらい、左手でしっかり掴んだのであった

足元にお気をつけやっ笑

T2に入る寸前から、どうもお腹が実にヤバい、しかも、緊急性の高いさはMAX。

着替えをテント横のパイプ椅子で済ませるが、その間中頭をよぎったのは、大問題爆発事件…それほどヤバい状態だった。幸いだったのは、振幅の波が大きかったことで、あちらへ波が去ればなんてことないが、コチラへ寄せてきた際は、いつ爆発してもおかしくなかった汗 

全く落ち着いて着替えられない。ソックス等の着替えを持って先に大問題を解決すべきとも考えたが、そのトイレの位置をスタッフへ確認するとあの階段下とのこと。もし大問題を抱えつつふらつく足取りで下ると確実に、あの蒲田行進曲の平田満の如く「銀ちゃん!」と叫びつつナチュラルに階段落ちを演じる羽目になりそうだ。しかも映画とは違い、階段の素材は木造ではなく石造り、、、血みどろの顔が目に浮かぶ

血みどろはマズい。気を取り直し波が収まったところで、着替えを進めるがココで厄介なのは、バイクソックスからの履き替え、五本指ソックス。それに加え、補給食を爆食しなきゃならなかった。ダブルの問題と大問題の三つを抱えつつ、三拍子で対応する。

階段を降りると、てるみの黄色い声援(笑)「と、といれ、、、」と応答も寸時にすませて、駆け込む。基数が少ないので遠目から祈る気持ち。それよりもトイレ前に行列が無いため顔が緩む。運よく待ち時間なしで問題を解決した。

後方のトイレは和式だった…

結局、補給食を飲み込むことができず、一口も食べられなかったが、大問題は何とかクリアできた、、、しかしながら和式トイレだったというオチ笑

そして、いそいそとランをスタートした。ペースは上がらない。キロ7分がやっとだった。何とかキープしたい気持ちであったが、そこは全くあかんかった。

気持ちを切らさず、歩かないように、、、とするも、そんなに甘くはない。BIKEで頑張らないように、心拍数を上げないようにと抑えていた筈が、やはりそうでもなかった。心拍数に気を取られ過ぎてパワーを抑えきれていなかったのかもと、STRAVA先生に教えてもらうと、やはりそうだった。強度は75%で加重平均パワーが149w、自分のFTPは200w程度なので、120wに抑えるべきだった。心拍数も最大が175bpm程度なので、平均は105bpmとすべきところ平均131bpmで最大のそれは159bpmだった。感覚的には110-120bpmのつもりだったが、この辺の判断が緩かったと言えよう。

補給の判断も緩かった。補給はS.Nも含めて、しっかり準備をしていた。総カロリー数は1,500kcal程。、BCAA+経口補水液+アミノ酸のドリンク、塩。それらの殆どを口にすることがなかった。というか、補給する気にもならなかった。エイドで準備された補給食は、バナナ、リッツ、じゃがりこ、塩タブ、そしてドリンクといった風で、時間の経過と共に空腹感にも追い打ちを掛けられた。失速はさらに明らか。周囲の選手たちはサクサクと走っていく。その姿を追い越すことも追いかけることもできず、ひたすらひたひたと修行に徹する。

ランコースは、以前の佐渡ランコースに似た田園風景が広がる。流石に国立平野が続く広大さは感じられないが、周囲を山々に囲まれ、いつ熊が出てきてもおかしくない(笑)

熊ついでに、数台のBIKE伴走が、鈴を鳴らして行ったり来たり。明らかに「熊除けの鈴」だった。呑気に「熊なんて出てくるわけないわ~」なんて絶対に思えない程、コースは自然と共生していた。「あの斜面から出てこられたら、逃げ切れんな」とマヂで思った。実際後から聞いた話だと、大会当日から割と近い日、現地で女性が何者かに喰いちぎられた状態で見つかったらしい、、、熊に出くわさないことを祈る(^^ゞ

1LAP目、少しずつ日が暮れてきた。2、3LAPの選手たちは右へ回避、左側はフィニッシュラインのエムドットがチラつくコースへと誘導される。フィニッシュゲートを横目にしつつ周回を重ねるのは、弱いメンタルを直撃するから嫌だ(笑)

この直ぐ先にスペシャルニードの受け渡し場所がある。そこで、しばし休憩しつつ、暗闇対策に購入したライトをサンバイザーのツバへ装着する。確かに照明が少なく、暗くなるにつれて足元が不安になってくるように思えた。

2LAP目、木古内町の夕焼けがとても綺麗だ。わずかな時間しか味わえなかったが、レースに参戦していることの喜びを感じずにはいられない。ペースは、1kmあたり歩く時間と走る時間が半々になってきた。大問題はアレから起きることはない。そんな中、サクサクと走る小島さんにぶち抜かれた。そもそも抜かれてばかりではあったが、あの快適に走り切る後ろ姿には脱帽だ。そして彼女は見事KONAのSLOTをゲットした。

相変わらず、熊除け隊のBIKEが伴走してくれる。途中に一箇所だけある劇坂は北海道新幹線を跨ぐためのもので、三回とも歩かせてもらった。とても走り切れない。そこを過ぎしばらく行くと、日本ハムのユニフォームを着たおっちゃんが、「You’re an IRONMAN!がんばれIRONMAN!」と声援を贈ってくれた。流石に最終LAP時は漆黒の闇に包まれるため、姿は見なかったが、それでも二回も声援を受けられたこと、とても励みになった。木古内町の中心地へ入ると、てるみが待っていてくれた。時間がかかって申し訳ないことこの上ない。あと1周「1時間半はかかかるから!」と告げる。

3LAP目。もう一度スペシャルニードを受け取る。空腹感もかなりのもの。モルテンを無理やり飲み込むが、その1本がやっと。ドリンクの入ったペットボトルを手に持ち、最後のLAPへ、選手たちの流れに乗る。普段から口にしているドリンクが、何故かこの日は全く合わなかった。クエン酸を入れているのだが、やたら酸っぱいのだ。50を過ぎて、梅干しが強敵になったのだが、それと同様の違和感が胃を襲う。

更に暗闇が深まる。頼りにしていたライトが30k過ぎで電池切れという事態に。他の選手たちのライトに頼るしかなかった。かなり後ろから足元を照らしてくれたが、抜かれると再び闇に戻る。闇夜の空、北海道の夜空、早朝の嵐のような風雨、雲は嘘のようにない、正に雲散霧消。昨年の同時期は、西表島の夜空を砂浜に寝っ転がりつつ、家族の皆と感動していた。北海道の夜空も、負けていない、とても綺麗だ。空気が澄んでいるからか、瞬く星が話しかけてくれているようだ。

最後のエイドを過ぎる。各所のエイドのテーブル上には、手作りの灯篭が選手たちにエールを贈っていた。「がんばれ!」等と書かれた灯篭は、淡い電球色の光で照らし、スタッフたちの人柄を感じるようだった。「遅くまでありがとうございました。」というと「私たちも感動をありがとう!みなさんの姿に、とても感動しています!」と返してくれた。

そして、ようやくフィニッシュラインへたどり着いた。入った直ぐから「たろーさーん!、おかえり!」と、てるみの声が聞こえる。振り返りつつ、右手を挙げて応える。長い時間、付き合ってくれてありがとう!

贅沢なリクエストをすると、もう少しフィニッシュラインは長い方がうれしい(笑)

悔しいゴールとなった。

思い通りの展開にはならないし、自らのウィークポイントが如実に結果に表れた。

これがIRONMAN、フルディスタンスの面白味なんだろう。

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IRONMAN Japan みなみ北海道 Vol.4

メインディッシュはBIKE。

なんて、以前は口が裂けても言えなかった。そんな弱いマインドを180度転換してくれたのは、言わずと知れた「筧五郎」さん。そしてそこへいざなってくれた、未会のエース桑さんこと、桑本忠晃氏だった。

北海道前の最後の練習風景 Legends of KONA の二人に囲まれて…

毎週水曜日の18時からパワートレーニングを続けて三年目になる。相変わらず桑さんの足元にも及ばないが、冒頭の言葉を言えるようにはなり、BIKEが好きになった。

だったが、今回「も」タイムは期待外れであった。まだまだ弱い。

まだまだ弱い自分、いつになったら強くなるんだろ

バイクコースは、自動車専用道の函館・江差自動車道を上下線共に通行止めとした贅沢なコース。

愛知県知多半島を舞台としたIRONMAN70.3では、当時は愛知県(今は愛知道路コンセッション株式会社)が管理した、これまた自動車専用道の知多半島道路の一部(片側車線のみ)がバイクコースだった。しかも第1回は、中部国際空港へ渡る橋をランコースとしていた。それを考えると、今回はご褒美としか思えない。

安全を祈りつつ、、、

その自動車専用道路について触れておきたい。コースに使用された自動車専用道は、フリーウェイ。とはいえ、本州の東名高速、中央高速などの有料高速道路と何ら変わりがない。違いはというと、無料ということ。

日本国の本気度がスゴイ!(笑)

もう少し掘り下げると、日本全国にある高速道路や国道は「高規格幹線道路」といわれるもので、函館・江差自動車道は、一般国道自動車専用道路に該当する。そうなると、おなじみのNEXCO何とやらに登場する余地はなく、維持管理は直接、国、つまり国土交通省北海道開発局が行うことになる。これって、さらっと見過ごしがちだが、めっちゃスゴイことだと思わない?

クレイジーなひとり、、、

何故スゴイかって聞かれることもないだろうが、一部のクレイジーな愛好家達のため、国が動く、つまり全面支援をすることに等しいから。その本気度は、国交省のプレスリリースからも明らかで、ハッキリ「応援します!」と言い切っている(笑)こんなクレイジーなリリースを多くの国から訪れる参加者はどう感じたか知らんが、来年も是非、クレイジーな連中へ届けてほしい!

本気度がスゴイ!

ついでに、もうひとつ。お馴染みの道路情報の表示板について。黒地にオレンジのLEDが光るタイプ、何キロ先渋滞、工事中等ドライバーへの情報提供が通常営業。ところが、今回は違う!木古内ICから函館へ向かう、茂辺地ICの手前の表示板が、めっちゃイケてた。黒地にオレンジLEDの文字!

だよ!みたことある?ふざけてるよね(笑)

いやいや、

本気度がスゴイ!んだな(笑)この表示を見たときは、吹っ飛んだし、感涙にふけた。選手たちは、このメッセージを三回拝むことになり、、四回見たら、おつり分の周回ミス。兎に角感謝。大会関係者の苦労が、この一点からも報われたと心底思った。

北海道開発局の皆さん、心よりお礼申し上げます。m(_ _)m

ANYTING IS POSSIBLE!

函館・江差自動車道、普段は住民の方もあまり利用しないらしく、路面はアスファルト特有の凹凸も少なく、このことで利用者の少なさが証明された。二箇所あるトンネルの事前情報では、相当暗いということだったので、調光サングラスと前後のライトを完備しておいたが、暗さがストレスになることはなかった。

トンネル内は明るかったぜ!
何て贅沢なんだろう!

コースは2周とちょっと。約3周といっても良いだろう。快適な180kmの旅だった。これほど快適で、あっという間のコースは初めての経験だ。獲得標高1,400m超との数値をみると少々怯んでしまうが、実際は登り下りともにそれはそれは長い距離を要するので、気になることもなかった。

このコースのように高速道路を使用する大会は、昨年参戦したフィリピンでも同じ。比国の高速道路整備は日本のJICAによるものであったため、路面はとても滑らかでストレスを感じることも全くなかった。うねり具合も同じ感じである。本大会では、多少路面が粗い箇所もあったが、全体的には、フィリピンのそれに匹敵。ハッキリ言えるのは、自動車専用道路という安心感から、安全性が高くノーストレスであることが一番だということ。落車経験者だけに強く感じた。

ノーストレスのコース!

今回は、多くの仲間たちとレースを楽しんだ。SWIMで出遅れている分、タカさんこと服部タカトシさん、高田さんたちを何処で捕まえられるか楽しみだった。周回を重ねるが、なかなか捕まえ切ることができない。高速コースであったことから、簡単ではなかった。高田さんの姿を捉えられず、相当速いなと思っていたが、いつの間にかパスしていたようだった。ようやく、110km超えた辺りで、タカさんを発見!登りに差し掛かった後ろ姿から、相当な辛さを感じた上で「タカさん!やっと捕まえた!」と声を掛けると、「あ”~捕まったぁ~100km超えたら疲れて大変だぁ」と返ってきた。こんなやり取りが楽しい。結局、千葉県の齋藤さんは捉えられなかった。

いよいよBIKEの旅が終わる

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IRONMAN Japan みなみ北海道 Vol.3

前菜が並べられた海面は、大人しく選手たちを飲み込んでいった。自分も暫く歩きつつ、徐々に戦闘モードへと突入した。

コーナーブイも思いのほか見えたし、目標物の函館山等の視認性は高かったように思う。選手同士のバトルもノーストレスといって良いだろう。

水温は全く問題なし、冷たいことが心地よい。見た目には冷たく感じた海水が気持ちよく感じるほどであった。透明度はというと、それほど良くはないが、何処かの海のようにめっちゃ汚いという印象はナシ。

スタート直前!

応援、観戦は、T1の後方でしかスペースが無かった。つまり、選手やマーシャル以外、水際まで来ることはできない。この措置は何故かは不明であるが、、、。なので、遠くに見る応援者へ自身が駆け寄っていくしかない(笑)

そういえば、前日、前々日と、海岸では貝殻やゴミ拾いのスタッフが沢山いた。選手同士の会話では「貝殻に気を付けないと、足を切るね」などと心配する向きもあった。確かにその心配は皆無ではなかったが、あの姿を思えば、自らがケガをしないよう、注意をすべきだと痛感した。実際、足元を見ながら感じたのは、砂浜はとても綺麗だったということ。

前屈立ち下段払い
スタートまで、なんせやることがない、、、

1LAPして、一旦上陸。気になるタイムは41分程度。調子は悪くない、泳いでいてわかった。相変わらず応援者の姿は遠い。気を取り直して、2LAPへ突入する。遠浅は変わりなく、のろのろと周囲の選手と共に、函館山を目指す。

主を待つBIKEたち

2LAP目は、明らかにペースダウンを実感。蛇行していたことが原因。第二コーナーから第三コーナーへ向けての方向がなかなか定まらない。途中、ふくらはぎに違和感が発生し、誤魔化しながらのスイムになったことも要因か。

T1でのお色直しは恒例行事。今回は、インナー着用から始まり、上ジャージ、アームカバー、カーフガード、グローブなどなど… 砂地だったことも手伝って、足先を準備しておいた水で丹念に洗いつつ、そして北海道だから「もぐもぐタイム」。五本指ソックスはランに譲ったので、あとは休憩し、、、なんてやってるから20分近く時間を要してしまう。毎回同じように時間を要し、全く改善する気もないように思われるが、時短を目指している気持ちは一応持ち合わせている(笑)

カーペットは選手の動線を誘導する役割を果たしていたが、場所は砂浜、BIKEシューズのクリートは固く締まった砂で埋められ…ペダルに何度も笑われた選手も多いだろう。

バイクパートでは、どこまで寒いかが不明だったが、ウィンドブレーカー着用と、北斗市内で購入したアームカバーは正解だった。今年行った、ニュージーランドと同等の気温条件だと予想していたが、これは予想通りだった。

おっと!SWIM UP後の和田さん発見!

BIKEを押して、乗車ラインを越える。向こうにてるみの姿が見えた。そこまで押していく。実は、BIKE用のポンプと胸のHRモニターを車中へ忘れていたため、可能なら持ってきてほしいと告げていたのであった。彼女はパーフェクトだった(笑)

それらを受け取って装着。

二度目のポンプ問題

「いってらっしゃい!」の返答に「安全第一で行ってきます!」と告げて、メインパートのBIKEへと移る。楽しみでしかない。

わくわくしながらの180kmがスタート
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IRONMANに必須なもの

最も大事にしている
自分の特性は何ですか ?

Anything is Possible

このフレーズに惹かれて、何度も参戦。

大事なものは幾つかあるが

強靭なメンタル

これに尽きると思う。

それを身につける為には、

継続する力

が必要。

継続するには自らの

ライフスタイル

へ如何に浸透させるかが課題となる

ライフスタイルへ浸透させには自らの

Flow Line

へ乗っけることが不可欠であり

Life & Economy Balance

が維持し易くもなるであろう。

以上を鑑みると

自分の特性は、継続力という点。

しかし、上記5つの何かが欠損すると、強靭なメンタルを得ることも出来ず

レース結果への満足度はかなり低いものとなる。

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IRONMAN Japan みなみ北海道 Vol.2

9回目のIM完走は、心底悔しいものとなった。

いままでは、完走しただけで良しとしていたが、それなりに練習した結果としてはあまりにも不甲斐ない。多くの時間を犠牲にしたにもかかわらず、この結果。証明されたのは、間違った練習であったことに過ぎないこと。それは、自身に対し悔しさを演出したに過ぎなかった。

悲しすぎる…

レース当日の早朝、午前3時

窓を雨が叩きつける音で目が覚めた。函館駅を見下ろすホテルの窓から外を見ると、街路樹が左右に大きく揺さぶられている。強風だ。前日の予報通りの風雨が街全体へ襲いかかる。同時に、海の状況が気になって仕方ない。

前々日の函館の夜景

当日の移動方法。前日まで迷ったが、車で移動した。迷った理由は、大会シャトルバスに家族が同乗できないから。もともとシャトルバスの利用を前提としつつ、ホテルは函館駅前をチョイス。シャトルバスの拠点とされていたのがその理由で、このことは随分前からアナウンスされていた。しかし、7月頃に発表されたアナウンスでは、当日の朝だけは選手オンリーということ。これは想定外だった。

応援者に優しくないのは…?

車で移動するということは、駐車場の心配をしなければならない。受付時も相当混雑しどこも満車状態。4時には北斗市役所の駐車場にいなければ大変なことになりそうだった。実際の到着時は、スペースに余裕があった。その時点で会場入りを予定していた5時半まで1時間あった。まだ夜が明けない空、車中でひと眠りする。

駐車場は余裕があるのか無いのか…

車中で寝られたのか、よく分からない状態で目が覚める。外の空は薄い明かりが差し、目の前の街路樹は揺れていない。なんとあれだけの豪雨がすっかり上がり、風も止み、最高のコンディションに期待が膨らむ。

車から降り、ウェットスーツ、パーソナルニーズバッグ等を抱え路上に出る。すっかり夜が明け薄暗さが更に明るいグレーに変わる。会場へ向かう人たちの表情も、笑顔、真顔等が明るくなるにつれ、わかるようになってきた。

しばらくすると、前方から和田さんの姿が。会場とは逆方向に歩いてきた。どうしたのかを聞くと、準備が終わり不要となったポンプ等を車へ戻しにきたという。さすが、やることが早いと関心したその瞬間、自分の手にポンプがないことに気づく。てるみにその場で待っててもらい、自らは車へポンプを取りに戻る…汗

T1、選手があちらこちらと準備に取り掛かっていた。先ずは、バイクの元へ。入口で腕に巻かれたベルトを見せ、直ぐに声をかけられた。おっと、未会の鵜飼英一さんではないか!トラッカーで何度も名前を探したことを告げると、どうやらカタカナで検索可能だったようだ。本人も、何故なのかわからないと言った風だった。

未会仲間の鵜飼さんと、T1でバッタリ!

夜中大雨に晒されたバイク、異常無しでひと安心。何せ180キロの道のりの運命を預ける訳だから、神にも祈る気持ちだ。そうそう、7月の落車でお守りを変えたことを、この時点で気づいた。今度のお守りはシール。勿論、国府宮神社のもの。心清らかに、、、今日一日の安全を祈願しつつ、バイクへ厳かに貼付する…笑

次は、ストリートギアバックとパーソナルニーズバッグを預ける。場所は、他の選手の動きを見つつ移動。預ける際、口を固く結ぼうとヒモを引っ張ると、ビリ…っと袋が裂けた。T1、T2に預けたバックも前日、ビリ…っと裂けた…汗 引っ張りすぎか…

雨に備えて、袋を二重にしていたのは、てるみのアドバイス。そのおかげで、ひとばん露天に晒されても、中身は無事だった。

バックのラックスペースには屋根ナシ!

トイレ問題は大では無く小さな問題は抱えた。明らかに設置数の少ない簡易トイレ前には、予想通りの大行列をなしていた。隣の小さな公園内にある公衆トイレへ目を向けると、列は長くない。最後尾付近の選手へ大問題の行列かを聞くと、答えはNO。小さな問題は、即時解決した。その後、ウェットスーツへ着替える。

丁度着替え終わった頃、6時。15分間の試泳タイムが始まった。波は水際に押し寄せ、若干高い感じではあるが、昨年のフィリピンに比べると、全く問題なし。ココ北海道ではウェットスーツも着用しているしね。海へ入る。思いの外、遠浅だ。第1ブイ(恐らく200m)まで歩いて行ける。コーナーの目印となる赤いブイまでそれほど遠く感じず、そこまで行ってきたという、ルミナの謝さん曰く「赤いコーナーブイが風で立たなかったらしい。他のコーナーブイも同じだから、とても見にくい」確かに… コーナーブイは長さこそ2m超あるが、海上に横たわっているため、海面からの高さは50㎝もない。波で隠されるだろうと容易に想像がつく。

MCがスタート直前の選手を盛り上げる、恒例のシーンがやってきた。そしてその声の主は、これもお馴染みのウィット・レイモンド氏。「9年振りのIRONMAN Japan!」これだけで気持ちが昂る。それに加えて、海外でしか味わうことの出来ないIRONMANレースを日本で参戦することに、自分としては魂が震えた。この大会で、ゴールよりも感動した瞬間だ。

そして…いよいよ6:30、号砲と共にローリングスタートが開始、次々と選手達が海へ、函館山へ向かって泳ぎ始めた。長い一日の始まりだ。