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IRONMAN Japan みなみ北海道 Vol.1

日本開催は実に9年振り

9/15(日)フルディスタンスのIRONMAN(IM)へ参戦してきました。

場所は北海道、函館市から車で30分ほど移動を要する北斗市と、そこから更に30分ほど南西へ移動した木古内町がそのステージ。

両市町とも個人的には不慣れな土地でしたが、北海道新幹線の駅があり、本州から北海道へ鉄道の旅をする際、正に玄関口となる町ということができます。

大きな北海道の地、道内では「みなみ北海道」と言われている場所で、海外でしか参戦できなかったIMが開催される、言うまでもなく、とっても嬉しく思いましたし、即時完売したのも十分にうなづける、そんなレースへエントリー出来たのは、超ラッキーでした。

自分は2023.12.21にエントリー、既にその時はTier3でした。エントリーフィーで言えば、一番高額だったのですが、仕方ありません。売れ残りのたい焼きが美味しいように、残り物には何とやらでしょう。

振り返ると、今から丁度1年前の昨年の9月頃から、フルのIMが開催されるとの噂が、愛好家の耳目をくすぐっていました。

しかしながら、同年の6月に東三河で開催されたIM70.3も当初はフルで開催されると言われ続けましたが、結果、早朝の湖畔に沸き立つモヤが消え去るように、北海道での開催も現実的では無いとも、、正直思っていました。

開催までは相当な苦労があったと思いますが、ありがとうしか、ありませんね。

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2024 IMNZ T2-Run start

楽しみにしていた180kmのBIKE旅が終わった。さすがに両脚へのダメージはある。しかし、余裕が感じられたのは今までにない感覚だった。

 乗り終えたBIKEはボランティアが駆け寄ってきてくれ、彼らが受け取ってくれた。選手を導くかのように足元へ敷かれた絨毯の上をとぼとぼと歩く。

 BIKEの後半抜きつ抜かれつを繰り返した同AGEカテゴリー(であろう)の男性選手から思いがけず後ろから声を掛けられた。

 「そのIRONMANのベストを追いかけてBIKEゴールができた。ありがとう!」自分が着ていたベストを指差しながらの声掛けだった。同じようなタイムを刻む選手は、その姿を視界に捉えつつBIKEを走らせるので、無意識に着用しているジャージが目に焼き付くのだろう。自分もそうだった。

 横からは、てるみんがフェンス越しに声をかけてくる。「おつかれさま!」事故なくここまで無事に帰ってきたことは、彼女への恩返しだ。

 RUNGEARのバッグを受け取り、着替えのテントへ入る。既に十数人の選手が椅子に腰を下ろし、お色直し中だった。

ほっとするT2の時間。せめて10分以内に済ませたいところだろうが、毎回20分ほどの時間を要する。今回も5本指ソックスを準備していたため大きなロスがあることは予想していたのだが、事前に何度も練習をした(笑)しかし、肝心のワセリンが手元に無いことに気付き、キョロキョロと辺りを見回すと、出口付近のテーブル上に鎮座しているブツを発見。

メッセージを路上に描き書き、、、

 不意に「おつかれさま」と日本語で話しかけられる。キョロキョロとしていた姿をボランティアに見られていたようだ。すかさず「ワセリンある?」とベタな日本語で話しかけると、「持ってくるから待ってて!」とこれまた日本語で返答。すぐさまテーブル上のワセリンを自分の椅子まで持ってきてくれた。彼の名前はJIM、50代と思しき男性だった。

「日本語上手ですね」というと、以前、千葉県に仕事の都合で在住していたそう。その彼に、着替えや、片付けを助けてもらうことに。不要になったBIKEギアをバッグに入れて彼に渡して、「TAROは凄い!絶対ゴールできるよ!」とたいそうな誉め言葉と十分な激励を受ける。こんなやりとりが、海外大会の醍醐味の一つだ。

 JIMとの別れを惜しみつつ、補給食とロキソニンを口に入れテントを出た。

 外はまだまだ明るい。暖かさはまだ残っている。両手袋、アームカバー等の防寒用具はそのまま身に着けてスタートした。

 お色直しの時間ですっかりお待たせした、てるみんと「去年はここまでだったなぁ、今年は大丈夫だよ」と会話を交わす。何だかとても感慨深かったし愛おしい瞬間だった。

 RUNスタート直後、脚はやっぱり重かった。当たり前か、、、

 2Lapから、いつものジョグベースに戻る。 

今年の大会で唯一の知人(の息子)がいた。NZに入ったとき、その知人から連絡を受けた。知人は、転校先の朝スイムで同じ水槽仲間だ。

知人の息子は、大学のトライアスロン部に所属、卒業旅行として部員9人でIMNZへエントリー。その彼とは、ようやく2Lap目でお互いを認識、言葉を交わすことになった。彼のジャージに名前が入っていたため、わかりやすかった。若いだけあって流石に速い、、、

 宿の前がRunコースであったため、Lapを刻む度にカウベルを振り鳴らす、てるみんの姿。何度も励ましと激励を受けた。

 3Lap目、とうとう陽は沈み選手らに「屈辱のw」蛍光バーが付与された。

 折り返し地点まで、湖畔をひたすら進む。このロケーションに似た風景を思い出した、スイス、チューリッヒ湖畔だ。

 全く違うのは夜空、特に南十字星の上にあるカラス座が大きく綺麗に輝く。

 コースは4LAP。

 折り返すと、3つほどの上り坂を越えなければならない。

 その内のひとつは、意外に急坂。「上り坂は走らない」と誰かが言っていた気がする。そうそう「野辺山ウルトラマラソン」の、コースディレクター坂本雄次さん(24時間テレビで有名)が、大会前日の説明会で言っていたっけ。

 4Lap目の往路で、てるみんから桶隊の手拭いを受け取り、頭に巻く。いよいよこれで終わりだ。

 

 この1年間、昨年のIMNZDNFが、気持ちの中でとても引っ掛かっていた。

 Finish gateをくぐるための、冬場の練習は辛かった。56錬、銭湯様々な場面がリフレインしてきた。

 特に、もう二度と冬場の練習はしたくないと痛烈に思った。

 Finisherだけが受け取る、メダル、タオル、そして40周年記念パーカーのノベルティの数々をてるみんへ手渡さなければ、この旅は終わらない。

 いろいろな思いを抱きつつも、レース気分を少しでも長く味わいたい気持ちもわいてくる。だから折り返し後のコースは、徒歩が多くなった。

 SWIM後、走り渡った橋が遠くに見えたのに、次第に近づいてきた。

 ここからは、残りは約1㎞。

ゆっくり走りつつ、左折するとGoalゲートへと導くレッドカーペット。

「Taro Taro Taro Iriyama from Japan You’re an IRONMAN!」

 名前を連呼してくれる。明るくまぶしい向こうが見えてきた。

 このアナウンスを聞くまで、1年かかった。

to be continued…

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2024 IMNZ Weta Cave

今回の旅の二番目の目的地はWellington

Taupoから南へ約390㎞離れた街。言わずと知れた、NZのcapital cityです。政治的に興味はありませんが、映画には大変興味があります。そう、ここにはロードオブザリング、マーベルシリーズ等のを手掛けた「Weta cave」があります。昨年はホビット村を見学しましたが、今年は是非訪れたいと考えていました。

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2024 IMNZ on the morning

Strong points of IMNZ(あくまでも個人的見解)

1.Start areaとFinish gateが徒歩圏内

チェックイン、練習、コース確認をするための移動距離が短い。これはとても有難い。同行者がいれば尚更です。今回も昨年同様にレンタカーを利用しているので、ストレスを感じることは殆どありませんが、海外レースではリスキーな行動は極力避けたいものと考えます。

2.T1,T2のトランジットエリアが同じ

 BIKE、バッグの預託を一箇所で済ませられるのはとても有難いものです。行ったり来たりする必要がありませんしね。余談ですが、ヘルメットチェックは当日の朝に行われるので要注意です。

3.スタート時間が遅い!

 IMNZのフルディスタンスは午前8時がスタート時刻。70.3はその1時間前ですがそれでも7時。日本に置き換えますと、6時スタートの大会(佐渡A)もあり、正直とても大変です。選手もさることながら、応援の同行者も眠い目をこすりながら会場入りをします。ま、「ロングあるある」なのでやむを得ないのでしょうが、、、

4.宿は会場(タウポ湖)の目の前

ま、コレだけは自分でオペレートできる範疇ですけどね。TAUPOは周辺に宿が多いので困ることはないと思います。

 準備のスポーツと言われるトライアスロンにとって、スタート前の時間に余裕が生まれることは、めちゃくちゃ嬉しいものです。

 で、いよいよ当日の朝。

 前夜眠れないのは、毎度のことで今回は特に酷かったです。夜中に、南十字星を眺める余裕(?)があるほど寝られず、気付けば午前1時過ぎ。眠れないことが、メンタルに思いストレスをかけているのは間違いないようです。必死に寝ようとすると余計に焦りを感じました。

 午前5時起床。

 夜空はまだ星たちが主役です。

 朝食を済ませ暗がりの中、先ずはトランジットエリアへ向かいます。ヘルメットチェック、BIKEへボトルの設置、空気圧確認等を済ませるためです。それと、Parsonal needs bagsの預託も忘れてはいけません。念入りに準備をしたため、かなりの重量です。

 トランジットエリアでの準備を済ませエリア外へ出ようとすると、ヘルメットを被ったままの自分へスタッフが笑顔で頭部を指差しています。「被ったままだよ」と注意をしてくれました。BIKEへ引っ掛けてくるのを忘れてたwww 

 野球場程のトランジットエリアは実に広く、この移動だけでも随分と歩くことになります。

 吐く息が白い。そんな指摘をてるみんにされる中、お約束のNZ名物「Haka」の雄叫びが湖から聞こえてきました。IMNZは70.3とFullが同日開催され、前者は後者より1時間早くスタートします。雄叫びの始まった時間は6時30分、アナウンスも観客も盛り上がってきました。

 そして午前7時、いよいよ70.3のスタートです。スタートの合図である筈の砲撃音が10秒ほど遅れて鳴り響く中、選手がスタートしていきました。号砲が遅れたことをアナウンサーたちは、笑いに変えて大らかさがここでも感じることができます。

 コンディションは、前日の湖面に比べ白波が立っています。朝から強風が吹き、今日一日の敵は風が相当手強そうな予感です。

 自分らは70.3のスタートを見送り、宿へ一旦戻りました。トイレに行きたいし、、、今回の宿はスイム会場から徒歩2分です。

 部屋で頭のウェットを装着。そして、ホットジェルを忘れずにヌリヌリ。このホットジェルが相当強力、いや強烈でした。前日の練習時に塗ってみたのですが、塗った直後、立っていられない程でした。マヂでやけどするのではないかと思わされるほど、強烈な刺激が両脚に襲い掛かりました。あとから考えると、塗布量に要注意でした。。。

 そんな前日の経験を活かし、両脚、両腕、おなか、背中へジェルを塗布。再び、スタート地点へ移動します。空は明るく開けてきました。そして、Hakaの時間(7:30)がやってきました。

 Hakaが終わるとスイムチェックの時間です。外国人選手からは「もう入っていいのか?」と聞かれ、お互い笑顔で湖に身を投じますw

 やはり波は高い。またまた手強いなと思いながら、沖へ向かって試泳に入ります。波は高いとは言え、昨年のフィリピンに比べると大したことはない。と思い込むしかありません。

 さぁ、いよいよスタートです。

to be continued

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2024 IMNZ 旅程編

昨年はオークランドでNZへ入国しTAUPOまではレンタカーで移動したが、今年はTAUPOまで一気に飛行機で移動した。ドメスティックが増える分、旅費へ跳ね返ってくると思いがちかもしれないがそれほど差がなく、移動のストレスもない。これが意外に正解だったと、てるみんと何度も頷いた。

旅程は以下の通り

往路 2月27日(火)NGO14:45発、NRT着、NRT発→AKL2月28日着、AKL発→TPO着

復路 3月5日(火)TPO発→AKL着、AKL発→NRT3月6日着、NRT発→NGO着

往路では、オークランド空港でのトランジット時間が5時間あったため、オークランド港へ出向き観光を決め込んだ。

移動手段は、エアポートリムジンバスと鉄道。最寄りの鉄道の駅まで移動して、NZで初体験の鉄道での旅と相成った。鉄道というだけでテンションは上がってしまう。

バスで最寄りの駅「Puhinui」へ移動

バスも鉄道も料金の支払いにはATカードを利用した。このカードはデポジット制で5ドルがデポジットされる。購入は、空港内の売店や自販機でも購入可能。最低購入金額はデポジット額を含めて15ドルから。足りなくなったら、チャージャーが駅構内や空港内にあるため、困ることはない。

オークランドへは約50分ほど鉄道旅を楽しんだ。

到着し、駅建物から外に出ると目に港が飛び込んでくる。晩夏の強い陽射しと、行きかう人たちのカラフルな衣装が眩しい。

駅建物に、目敏くスタバを発見し、とうとうNZでも攻略することができた。昨年学んだのはNZのコーヒー事情は日本とは異なり、独特であったということ。つまり馴染のコーヒーになかなかありつけなかったのだ。どうもNZのコーヒーはイタリアの影響が大きく、エスプレッソマシンで抽出しているようで、日本の主流である抽出式ではないようであった。それが理由かどうかはふめいだが、TAUPOはもちろんのこと、オークランド国際空港にもスタバはなかった。ここ、港にはあるのだ。

オークランド港には、ウォータースライダーを完備した大型客船が停泊中だった。

赤い門扉がズラッと並ぶ

港を見守るように銅像が立つ

歩いているうちにおなかが減り、飲食店を探し、行きついたのは、大黒という名のラーメン屋だった。

ラーメン一杯が20ドルを超え、日本の物価の安さが妙に気になった。