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2025 IM Cairns Vol.3

まだまだ元気そうな素ぶり。

チェックインが終わり、ブリーフィングまでの時間を会場見学に費やす。

日本語でのブリーフィングはとても助かり、この点もIRONMAN Cairnsで海外デビューするのはオススメ。パストレースを振り返ると日本語ブリーフィングがあったのはマレーシアだけかも。

屋外の青空が広がる下、緑豊かな広場で、多くの日本人選手たちの姿を発見する。芝生に直接座るひと、寝っ転がるひと、思い思いの姿勢で解説に聞き入っていた。自分はエムドットが染められたデッキチェアに身を沈めた。

説明の中で印象的だったのは、ランラップは自己責任ということだ。ランラップを重ねる毎に、リストバンドを手渡されるのは、IRONMANではお馴染みの筈だが、ココではスタッフたちにそんな手間はかけさせない笑 4周を終えてまだ走りたい人はどうぞ、そんな感じ。

説明もそこそこに、気候の心地良さとランチ後のまったりタイムが相俟って、睡魔に襲われる。デッキチェアを9時10分の角度にしたことも、、、グッスリ眠った。起きると、Samさんを囲んで日本人選手たちで記念撮影をしている。そこへ加わる元気も何故か出て来なかった。しばらくすると、ステージ上にはプロ選手が並び始めた、そんな様子を見ながらまた眠りにつく。どれだけ寝ても、睡魔に勝てないのは、今から思えば、体調が良くない証拠だったのだろう、、、

to be continued,,,

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2025 IM Cairns Vol.2

UberXに乗車後、空港を出て15分ほど経つと、左手に緑豊かな公園が広がり始めた。緑地の輝き方がまぶしい。見た目の印象から芝生のフワフワ感が日本のそれとは明らかに違う。そしてその向こうには、一瞬、湖?と見紛う海が見えてきた。朝陽の柔らかな光を海沿いの樹々が遮り、遮光の加減はココがリゾート地であることを我々に知らせてくれる。更に進むと黒字に「IRONMAN」と染め抜かれた横断幕が視界に入り、街全体が歓迎ムードであることを示し、気分も次第に高まってくる。

道中、芝生が豊に覆う立派な競技場があり、一瞬、学校の運動場かと思ったが、後に調べるとホッケー競技場たった。確かに、平日の朝にも拘わらず、たくさんの体格のゴツイ選手たちがユニフォームを着用し、練習に励んでいた。

ホテルへ午前8時過ぎに到着。場所は、ゴールゲートを部屋から見下ろすことが出来る「Shangri-LA」。チェックイン時間には早過ぎ、到着早々の空腹感を満たしたかったため、無愛想なレセプションで受付のみを済ませ、荷物はドアマンに預けた。自分らと同じようなゲストも多く、ドアマンたちはそんなゲストたちに対応すべく、忙しく右往左往していたが、不快感は全く感じず逆に笑顔が輝いていた。

妻とスケジュールを確認。アスリートチェックイン、アイアンマンストア共に9時からオープン、朝食まで時間はある。「腹が減った」と何度もつぶやき、ホテルの外へ。

気になる気温は、少々肌寒く感じる。薄手の長袖パーカーを羽織り海の見える遊歩道「Cairns esplanade scenic walkway 」を二人で歩く。人工のラグーンプールの向こうには白いテント群が軒を連ねていた。プール名は「esplanade lagoon」といい、白い砂浜まで再現されている。しかも誰でも利用出来る、つまりは無料。水が豊かであることを水面上に立てられた5匹の魚たちが無言のうちに誇示している。

プールサイドにcafeのテラスが我々を引き寄せた。「Aqua lagoon cairns 」はオープンしており、朝のコーヒーと軽食を注文する。テラス席には、小鳥たちが警戒心を何処かへ忘れてきたかのように、テーブル下に潜り込み、おこぼれを待っている。なんともゆったりとした時間に、旅の疲れが癒される。

午前10時前、ゆっくりと朝食を済ませ、アスリートチェックインの前にショップへ立ち寄る。チェックインを優先とも考えたが、混雑している様子でもなく、直ぐに対応してもらえそうだったこともあり、売り切れる前のショップを優先した。もはや、大行列は日本での大会特有の現象か、南北海道然り、セントレア然り。

ショップではいつものワクワク感は薄かった。それは体調のせいだったのかもしれない。結局、ここでは妻のTシャツと息子のヘッドバンド等数点のみを購入したのみだった。自分が欲しいと思ったシャツはサイズが無かったことも意欲がそがれた原因かもしれないし、興奮度が薄いと自覚症状があったのは、贅沢な悩みだ。

 とは言え、店内はさすが海外のIRONMAN、定番のTシャツ、サンバイザー、サイクルジャージなど、品数、種類は豊富だった。日本国内でもこれくらいの種類が欲しいと強く主張したい。海外のIRONMANへ挑戦される方は、サイズ等SOLDOUT品が出る前に、早めにショップへ行くことをお勧めします。

 午前11時ごろ、チェックインも無事に済ませた後、重度の眠気に襲われる。スマホのバッテリー残量も一桁になり、近くのマックへと移動する。もちろん、充電目的で。しかし、Aus.のマックは非情だった、、、妻が充電できるお店をさがしてくると言い残し、自分は歩道に設置された花壇の縁で、少し寝ることにした。屋外とかなんとか気にしていられないくらい、体調的に少々ダルイカンジではあった。目が覚めた時刻は午前12時少し前。

目が覚めると、隣に妻が座っている。こちらをのぞき込んで、様子を伺っている。充電できるお店はなかった様子で、ランチの時間も近いことから、彼女のお勧めのお店を紹介してくれた。場所は、寝ていた直ぐ右側の建物内にあるレストラン。出入口がわかりづらかったが、EVで屋上まで上がるとそこがレストランだった。

 レストラン「Oaks&Vine」は「OAKS」ホテル内にある。ニュージーランド、ウェリントンで宿泊したホテルと同名だ。夜になると、ホテルの壁面にOaksの文字が光り輝き、RUNの目標物になった。眺望はケアンズの海が眼下に広がりとても開放的だった。おまけに、スマホの充電をお願いすると、気持ちよくOK。

 クラブハウスサンドとやきとりチャーハンのランチを注文する。量と味ともに大満足だった。海と会場を見下ろすロケーション、マイクを使ったアナウンスも耳に入ってくる。SAMさんの日本語ブリーフィングがそろそろ始まる時間になった。

、、、to be continued

 

トライアスロン, Uncategorized, 旅行

2025 IM Cairns Vol.1

 2025年の第二戦に選んだのは「Aus.Cairns」。 初戦、丸一日以上の移動時間を乗り越え上陸した南ア。宿到着早々、咳込み、まさかの発熱でDNF。

 流石に今回は「二の轍は踏まないぞ」と意気込んだ。おかげさまでなのか、レース直前の二週間は絶好調だった。南アの悪夢を払拭すべく移動中は、マスクと手洗い励行を完璧に行い完全防備を心掛け、ウィルス退散!とでも言わんばかりに、最善の配慮を尽くす。

 関空へは自宅を午後1時30分過ぎに出発、到着は午後5時過ぎだった。駐車場情報は、トライ仲間の皆さんから予め収集済みでその結果、関空JPパーキングを利用。因みに南アも関空からの出発であったため、同じ駐車場を利用していたので、場所も把握していたし、特に不安はなかった。因みに料金は割引チケット(300円分)を利用し7日間で6,700円。支払いは現金のみ。

 先述の通り、南アとは異なり移動時間はその半分以下の約7時間。機内で寝てしまえば、朝にはCairnsに到着しているはず。そう考えただけで、とても気持ちは軽い。もちろん、寝られればという前提ではある。

 通常時は、3,4度起きてしまう、夜間頻尿に悩まされるアラ還の自分、今回は1度トイレに立つだけで済んだのではあった。

 今回のキャリアは、JET STARを利用。生憎、セントレアから直行便は無いため、関空発のチョイスになったのだが、特に不自由なく、駐車場を含め、移動距離もゆっくりドライブ気分で約4時間、ストレスは殆ど感じない。更にLCCであることで、お財布にもストレスが余りかからないと言って良いだろう。今回は二人分往復で約162千円(含む、オーバーサイズバゲージチャージ、受託荷物増チャージ、軽食チャージ)だった。

そして、2019年以来のAus.へ着陸。Cairnsは二人を快晴で出迎えてくれた。

Uberの詳細

 Cairns国際空港、前回来たのは約30年前。当時は名古屋空港が国際空港であり、カンタス航空で移動した。折しもバブルが弾けた後ではあり、多少は影響があったとは思う。しかし、日本から旅行地を海外とする旅行は右肩上がりの全盛期だったといっていいだろう。

 そんな中「海外旅行にCairnsはどう?」と、妻が当時勤めていた日本通運の子会社「日通旅行」からの勧めもあり、手配をお願いした。とはいえ、宿泊地は、グレートバリアリーフやキュランダ等といった観光地にほど近い、Cairnsから約1時間ほど北上した「Port Douglas」ではあった。今回も、大会翌日から移動し、2泊を当時宿泊したホテル「Sheraton-grand-mirage」へ予約を入れておいた。これはこれで、とても楽しみな旅行アイテムでもあった。

 両替は空港のカウンターで行う。閑散としていたため、これもストレスなくスムーズに完了した。¥20,000が、AUD185.70、@¥107.70と、ちょっと高めだった。

 到着客は日本人が多く、10人程のチーム仲間の集団が2,3、家族連れや、ソロでいたり様々。レンタカー、タクシー、送迎バス等それぞれが乗り込んでいく。辺りをゆっくりと流れる空気と時間の経過とともに、次第に朝陽が差し込む到着ロビーに残っていたのは、自分たちだけであった。

 両替を済ませ、UBERを手配、車種はUberX。到着まで4分と表示され、ロビーの目の前にある乗車場所へと早速移動する。外気に初めて触れたが、少々肌寒く感じる。気温は20度前半だろう。乾燥しているせいか、とても爽やかに感じた。BIKEの積載が可能かは心配であったものの、到着した車両はヒュンダイのSUVであったため、難なく積載をクリア。

 移動手段は、大会翌日までUberを主体と考えていた。ホテルからチェックイン会場までは徒歩圏内だったし、Cairns市内中心部も同じ。わざわざ車で移動することは殆どない。前日にT1へ準備のため移動するには、大会側が準備しているバスを利用するか若しくは自走すりゃいい。妻のような応援者も予約(往復AUD10)しておけばバスへの乗車は可能。極力、移動手段はリスクヘッジしたほうが良い。

 海外へのレース遠征では、Uberをとても便利に使わせてもらっている。南アでも大活躍だった。わざわざレンタカーを借りなくても、選択肢としてはいちばんに考慮すべきだと思う。タクシーよりも廉価だし、地域によっては決済手段を含めて安心。

 空港からホテルまで約7.8km、料金はAUD25.48とチップAUD3の合計AUD28.48(¥2,748)、全て降車時に登録済みのカードで決済、チップも同じ。

 とりあえず、今回はここまで。

to be continued…

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おきなわKINトライアスロン

スイム2km バイク70km ラン22km のミドルディスタンス。

記念すべき第一回大会へ参戦!

本大会を未の群れへ投げ入れたのは「神のご加護」を賜ったGod Bless Mr.Y本🐏(以下、「G.B.はるさ」)

結果はさておき…(笑)

雷で大会中止という、三人中トラ歴の最長のMr.Y木🐏(以下、「しーちゃん」)も経験したことのない結末を迎えた😆

 早朝6時過ぎにセントレアへ到着。いつものようにバイクを預け何事もなくチェックインを終える。今回はJTAを利用。空港では、某バイクショップのK萩社長、お久しぶりの、H〜ンちゃん、朝スイムでご一緒のO本さんらと出会う。お互いの健闘と台風の影響がないことを祈り挨拶を交わしつつ、機内へ乗り込む。

約2時間半後、午前10時前に那覇空港へ到着。宿やレンタカーの手配はG.B.はるさが全て手配済み、感謝感謝。空港からはレンタカー屋のバスで約20分移動。受付を済ませ、荷物を載せて、いざ金武町(きんちょう)へ。余談だが、トライアスロン大会の「KIN」の意味がわからなかったが、町名と知った。

 目的地、金武町のお店でランチ、チョイス基準はしーちゃんたっての希望、地元に愛されている沖縄そば屋さん。お店の名は「チャンプルー食堂」。昼時ということも相俟って駐車場は満車状態。くたびれた暖簾を潜ると、そこかしこから勘弁してくれと言わんばかりに汚れた店内。愛されている感満載。お店の店内外を問わず、使い倒されている。店員さんとお客さんとの距離も近く、アットホームでゆっくりした時間が店内にはながれていた。因みに、米騒動の余波は沖縄まで達したようで「ご飯のおかわりは100円ちょうだいします」と貼り紙が地味に訴えていた。

 ランチ後、受付会場へ移動。金武町屋内運動場、いわゆる町の体育館。宮古島大会で同じく受付会場だったJTAドームを思い出した。

アスリートチェックイン、宿へのチェックインを済ませ、バイクケースを開梱。幸い雨も降らず、広々とした屋外で汗だくになりながら組み立てる。三人共、痛恨の忘れ物もなく、バイクはノーダメージだった。

 先ず、組み立てたバイクの調子を確認しつつ、ランコース(2周回)を下見。迷いながらも、お散歩中のオジーに「こっちよぉ」みたいな手招きを受け、車で下見している選手達と情報共有しながら周回。コースの強度は、程よいを通り越し、勘弁してくださいと言わんばかりのアップダウン、コレを2周回と思うだけで閉口した。唯一、ランが得意なG.B.はるさだけの表情だけは、自信に満ち溢れていた。

 バイクコース(4周回)は車で下見。こちらも、勘弁してください坂ばかり。のぼり下り共に長くは無いが、脚を休めることはできそうにない。また、急な下りのその先、直角右折、しかも対向車線の向こうから折り返した選手とすれ違う、必然的にこちらは返還前の沖縄の如く右側通行になるため鋭角にならざるを得ない、そんな要注意交差点や、普段から通行量の少ないダム湖周辺の路面苔やらも確認。当日が雨模様だったらと思うと、皆生大会での悪夢がよみがえってきそうではあったが、いずれにせよ、無事故で自宅へ帰られることを三人真面目顔で祈念した。

夕食、ホテルで豪華とは言えないビュッフェ形式のディナーを食し、早々に就寝。

 天気予報、前日まで台風🌀25号(うさぎ)が沖縄へ接近。ひょっとしたらスイム中止もあり得ると覚悟して飛行機に乗ったが、レース当日は間違いなくスイムはヤレる空模様。

 起床後、各々バイクの準備を始めた時、本ツアー最大の危機が訪れた。G.B.はるさのバイクのバッテリー切れが発覚。うんともすんとも言わないDi2。おまけに、通常チャージ中は点灯べきオレンジのランプが、点滅する始末。彼の性格上、間違い無く家を出る前、フル充電していたはず。しかも、前日の試走時迄は何も異常がなかっただけに、三人へのディープインパクトは洞爺湖の水深よりも相当に深く暗く、計り知れなかった…

この時点では、単なる悪戯か、しーちゃんのワルダクミのどちらかとしか思えなかった。

 いずれにせよスタートまでまだ数時間ある。AからZまで、つまりあらゆる手段でリカバーを試みるG.B.はるさ。そして携帯バッテリーなどを提供するしーちゃん。程々に朝食を済ませバイクの元へ駆けつけるも、リカバーには至らなかった。この事態にG.B.はるさは冷静に判断を下す。

「コレは、レースに出てはならぬという神のお告げ。」 

と、悟りの境地へ至った。過去のレースでは、カンガルーの親子を避けきれず、自身の身体を痛めつけた経験者ならではの、是非を言わさぬ言葉に、我らはうなづくしかなかった。しかしせっかく沖縄まできたわけだ。「せめてスイムだけでも」と言う我々の言葉をよそに、G.B.はるさの決意は、兵庫県知事の意思に匹敵するほど固かった。悟りは後に裏付けられるように、後にとんでもないカタチで、我々を含む参加選手達に証明される事となる。

スイムは2周回。

 見た目よりも、ずっと泳ぎやすいコンディション。泳ぎやすい割に、いつも通りタイムが出ない。苦笑。オープンウォーターが苦手なことをいい加減自覚したほうがいいかもしれない。また、直前にコース変更されたと言う点は、第一回大会ならではのご愛嬌。その理由は、一番奥のブイのアンカーが海底に届かなかったと言うことらしい。。。そのブイは、目標物としては視認性がとても悪く、途中何度もヘッドアップを余儀なくされる。

 ようやく辿り着いたT1。自分よりも先に、バイクスタートに向かうしーちゃんの後ろ姿を発見。あ~またスイムで先越されたな。バイクスタート付近では、南米アンデス地方から来たのかと思う容姿のミュージシャンが陽気に歌で送り出してくれた。エイドも同場所にあり、黒糖、バナナ、水、ポカリが設置されていた。実は、この大会のエイドで唯一食べ物があった場所はここだけだったという記憶。

バイクは4周回。

 アップダウンの連続で、平坦がない沖縄特有の地形を活かしたコース。短めの坂が多く、脚を休める暇がないのは先述の通り。思い出したのは、毎年2月に行われる沖縄マラソン。同様のアップダウンが連続し、あっという間に脚が削られる。気温は24℃前後、曇天の空模様、熱中症になりやすい気候である。バイクへ滴り落ちる汗がアラートを発し続ける。途中、雨がシャワーのように降り注ぎ、気持ちが良い。1周目に様子を見つつ、2週目からモチベーションをアップしバイクを駆る。

 しーちゃんを何とか捉えなければ、マスター〇本氏に叱られそうだ。「たろさん、何やってんの?」耳元でこだまする。汗 その恐怖心もあったがモチベ120%、パワーと心拍は60%を心がける。1周回目、なかなか見えてこないしーちゃん、バイクスタートから30分程のすれ違い地点でようやくしーちゃんの姿をロックオン。そうなると力がロックオンしてしまう。丁度、次周回へ入る地点には、G.B.はるさが応援してくれていた。その地点、2周回目でようやくしーちゃんをパス、いい気になっていたが、ゴールしバイクを降りるときに感じたのは、やっちまった、、、左側内転筋が攣り始めた。やはり、マスター桑〇氏への恐怖心は絶大だった。その恐怖心は、やがて遠くの雲を呼び寄せ、雷鳴を近づけることになる。

 T2で、五本指ソックスへチェンジ。今までよりもスムーズにお色直しが完了したと思ふ。しかし、あちこちが痙攣し始めるから、何ともギコチナク、シューズの紐を結ぶことも一旦は諦めムードになるほど、動けなかった(笑)

 雷鳴が大きくなった。雷雲が接近する中、ランスタート、直ぐにG.B.はるさの叱咤を受ける。神の声には従わなくてはならない。しかし、直後の急な下り坂で、右脚内転筋、左脚ハムストリングスが、大合唱を始め、うずくまる。身体が重い、もう走れないとネガティブマインドへすっかり色は染まる。

 2kmほど進むとビーチサイド。そこまで長いこと…完全に気持ちも途切れた。すれ違いのコースで励まされるのは嬉しいが、トボトボ歩く姿を見られるのはなんとも気恥ずかしい笑 軽快に走る選手を何人も見送ることになる、抜かすことは決してない。そんな中、軽〜い脚どりで、正面からH〜んちゃん登場。「いりやまさーん、頑張って!」その場だけは走ろうと頑張る。次はK萩社長の登場、「たろうさん、頑張っ!」「はい!」その場だけは走る。次は背後から。またまた前から、挙げ句の果てに、追い越して行った高○さんが、また正面からやって来る。「たろさん、ゴールで待ってるから!」ゴールまで行けるかなwww、、やれやれだ。

 カフェイン投入で、目を覚ましたいと思っていたところ、私設エイドが目に入る。どこかの引っ越しセンターのエイドのようで、オフィシャルのそれに比べ、バナナ🍌はもちろん、おにぎり、そしてコーラがテーブル上に鎮座していた。コーラに至っては、冷蔵庫から出してきたばかりじゃないかと思うほど、キンキンに冷えている、最高だ。ここでコーラを投入していいものかどうか相当迷ったが、気持ちは正直。コップ1杯のコーラで喉を潤した。

 シートベルト着用のアラート音がけたたましく鳴る様に、両脚からの痙攣サインも次第に強くなる。攣り始めた脚を摩りつつうずくまっていると「大丈夫ですか〜?気休めかもしれませんが、黒糖2つありますので差し上げます。」と、女神の声。声の主は女子2位の太田麻衣子さんだった。と同時に、バックポケットを探る。塩カプセルを携帯していたことに今更ながら思い出した。黒糖と、塩カプセルの効果は徐々に痙攣した脚を癒してくれたが、気持ちはすっかりウォーキング大会、兎に角身体が重すぎる。しーちゃんが直ぐに追い抜いていくのではないかと言う気配を感じつつ、、、

 やっとの思いで9キロを過ぎた。引っ越しセンターエイドで、おにぎり1個とコーラを1杯ゴクリ。そして走り出し、直ぐにとぼとぼ歩く。すると「おじさん何歩いてんのと?」背後から聞き覚えのある声が。振り向くと、疲れた中にも満面の笑みを浮かべるしーちゃんだった。ランスタート時、12分ほどの時間差があったらしいが、とうとうここで追いつかれてしまった。彼も相当歩いていたらしく、たろさんは相当先へ進んでいるはず、きっとすれ違い様に出会うだろうと想像をしていたらしい。期待を裏切らず、しーちゃんよりも歩き倒した自分、彼よりも相当長い距離を歩いていたから、ここで追いつかれてしまった。

 雷雲が真上にあるかと思うくらい、大音声で雷の音が周囲へ響きわたる中、二人で並んでジョグが始まる。「制限時間って何時までだったっけ?」考えることがシンクロしていた。ほんの僅か、しーちゃんが先行した矢先、コース中央へマーシャルが立ちはだかった、両手を×印に構えて… 直後に状況を察したのは、しーちゃん。破顔一笑、くるりとコチラを向いて「中断❣️」と一言。もちろん自分も大喜び。コース中央、真昼間、二人で熱いハグを交わした笑 どうやら考えていることは同じだった。

二人とも雷で中止になってほしいと念じていた

 マーシャルに促されて移動したのはビーチサイドに設置されたゴルフクラブの施設の建物。落雷に備えた措置である。割と早いタイミングで中断の判断の指示を受け、大屋根の下テーブルを囲み、他の選手たちを待ち受けるような感じとなる。続々と選手らが集まり、凡そ三クラス分の人数を数えるほどとなった。また、愛知からの参加者が多数集い、愛知県民会さながらのテーブルとなった。中には、2周目であとゴールまで3kmだったという選手もいたが、こうなっては同じ穴の狢(むじな)である(笑)。その中にはトライアスロンYouTuberのヒロさんも(笑) 動画内で嬉しそうな自分らの姿も登場していた。

 時折小雨になったり、あがったりで、いつでも戻れそうだが、時間だけが過ぎていく。愛知県民会のAO木さんのアップルウォッチで、5分おきに表示される天気予報を見つめる。「あと5分で雨が上がる。そのあと5分間は雨が降らないから、その間に走り出せば大丈夫」「G.B.はるさにLINEで連絡は取れないか」「いや、LINEではお友達ではない。釘〇さんとはお友達だ」「だったら。〇宮さん経由でメッセンジャーなりでG.B.はるさへ連絡をとれないか」等々、ザワツキも頂点に達す。

 冗談とも本気ともわからない雑多な会話があちこちで響き、爆笑の渦が巻き起こっていた。さらには、みんなで、G.B.はるさが爽やかに「やぁ!」と登場するのではないかと期待していた、、、

 代わりに現れたのは、まさかの愛知県協会所属マーシャル姿のオヤヂ高〇さんだった。自分らの姿を見て一言「もっと速く走らんもんで、こんなところで捕まるんだわ」はい、ごもっともです、、、とっても忙しそうなオヤヂ〇梨さん、インカムから飛んでくる指示の対応も、めっちゃ大変そうで、指示が一貫していないようだった。

そして、ついにオヤヂから運命のコール。

一瞬静まり返って直ぐにざわつきになり、拍手喝さい!

 約1時間ほどの退避時間を経て、「自力で」ゴールへ向かうことになった。言葉を聞いた選手たちは、十分な休息を得ており元気いっぱいに一斉スタート。第2ランが始まったかのようだった。もちろん、走る走る。

 そして、ようやく辿り着いたゴール。アンクルバンドを返却し、メダルとフィニッシャータオルを受け取った。その時には、快晴の青空が称えてくれた。

 退避中、愛知県民会のテーブルで青〇さんが放った一言が印象的だった。

確かに、God Bless Mr.はるさ、、、そのとおりだった。。。

 ということで、人生初の雷で中止となった大会。まだまだネタは無尽蔵にあるのだが、この辺でお開きにしたいと思ふ。

大会後のアワードパーティーは、14時半から始まり19時半過ぎまで続いた。。。

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IRONMAN Japan みなみ北海道 Vol.5

抑え抑えてBIKEを終了。タイムは理想に全く届かず、とは言え、てるみに伝えていた目標タイムと、ほぼ同じだった。

T2を出ると待ち構えていたのは階段!大問題を抱えているのに… 前日バックを預ける際、てるみと「180キロの後、アレを降りてくるんだ!?」と見て笑った件「手すりをしっかり持って降りてきてね!」と彼女からアドバイスをもらい、左手でしっかり掴んだのであった

足元にお気をつけやっ笑

T2に入る寸前から、どうもお腹が実にヤバい、しかも、緊急性の高いさはMAX。

着替えをテント横のパイプ椅子で済ませるが、その間中頭をよぎったのは、大問題爆発事件…それほどヤバい状態だった。幸いだったのは、振幅の波が大きかったことで、あちらへ波が去ればなんてことないが、コチラへ寄せてきた際は、いつ爆発してもおかしくなかった汗 

全く落ち着いて着替えられない。ソックス等の着替えを持って先に大問題を解決すべきとも考えたが、そのトイレの位置をスタッフへ確認するとあの階段下とのこと。もし大問題を抱えつつふらつく足取りで下ると確実に、あの蒲田行進曲の平田満の如く「銀ちゃん!」と叫びつつナチュラルに階段落ちを演じる羽目になりそうだ。しかも映画とは違い、階段の素材は木造ではなく石造り、、、血みどろの顔が目に浮かぶ

血みどろはマズい。気を取り直し波が収まったところで、着替えを進めるがココで厄介なのは、バイクソックスからの履き替え、五本指ソックス。それに加え、補給食を爆食しなきゃならなかった。ダブルの問題と大問題の三つを抱えつつ、三拍子で対応する。

階段を降りると、てるみの黄色い声援(笑)「と、といれ、、、」と応答も寸時にすませて、駆け込む。基数が少ないので遠目から祈る気持ち。それよりもトイレ前に行列が無いため顔が緩む。運よく待ち時間なしで問題を解決した。

後方のトイレは和式だった…

結局、補給食を飲み込むことができず、一口も食べられなかったが、大問題は何とかクリアできた、、、しかしながら和式トイレだったというオチ笑

そして、いそいそとランをスタートした。ペースは上がらない。キロ7分がやっとだった。何とかキープしたい気持ちであったが、そこは全くあかんかった。

気持ちを切らさず、歩かないように、、、とするも、そんなに甘くはない。BIKEで頑張らないように、心拍数を上げないようにと抑えていた筈が、やはりそうでもなかった。心拍数に気を取られ過ぎてパワーを抑えきれていなかったのかもと、STRAVA先生に教えてもらうと、やはりそうだった。強度は75%で加重平均パワーが149w、自分のFTPは200w程度なので、120wに抑えるべきだった。心拍数も最大が175bpm程度なので、平均は105bpmとすべきところ平均131bpmで最大のそれは159bpmだった。感覚的には110-120bpmのつもりだったが、この辺の判断が緩かったと言えよう。

補給の判断も緩かった。補給はS.Nも含めて、しっかり準備をしていた。総カロリー数は1,500kcal程。、BCAA+経口補水液+アミノ酸のドリンク、塩。それらの殆どを口にすることがなかった。というか、補給する気にもならなかった。エイドで準備された補給食は、バナナ、リッツ、じゃがりこ、塩タブ、そしてドリンクといった風で、時間の経過と共に空腹感にも追い打ちを掛けられた。失速はさらに明らか。周囲の選手たちはサクサクと走っていく。その姿を追い越すことも追いかけることもできず、ひたすらひたひたと修行に徹する。

ランコースは、以前の佐渡ランコースに似た田園風景が広がる。流石に国立平野が続く広大さは感じられないが、周囲を山々に囲まれ、いつ熊が出てきてもおかしくない(笑)

熊ついでに、数台のBIKE伴走が、鈴を鳴らして行ったり来たり。明らかに「熊除けの鈴」だった。呑気に「熊なんて出てくるわけないわ~」なんて絶対に思えない程、コースは自然と共生していた。「あの斜面から出てこられたら、逃げ切れんな」とマヂで思った。実際後から聞いた話だと、大会当日から割と近い日、現地で女性が何者かに喰いちぎられた状態で見つかったらしい、、、熊に出くわさないことを祈る(^^ゞ

1LAP目、少しずつ日が暮れてきた。2、3LAPの選手たちは右へ回避、左側はフィニッシュラインのエムドットがチラつくコースへと誘導される。フィニッシュゲートを横目にしつつ周回を重ねるのは、弱いメンタルを直撃するから嫌だ(笑)

この直ぐ先にスペシャルニードの受け渡し場所がある。そこで、しばし休憩しつつ、暗闇対策に購入したライトをサンバイザーのツバへ装着する。確かに照明が少なく、暗くなるにつれて足元が不安になってくるように思えた。

2LAP目、木古内町の夕焼けがとても綺麗だ。わずかな時間しか味わえなかったが、レースに参戦していることの喜びを感じずにはいられない。ペースは、1kmあたり歩く時間と走る時間が半々になってきた。大問題はアレから起きることはない。そんな中、サクサクと走る小島さんにぶち抜かれた。そもそも抜かれてばかりではあったが、あの快適に走り切る後ろ姿には脱帽だ。そして彼女は見事KONAのSLOTをゲットした。

相変わらず、熊除け隊のBIKEが伴走してくれる。途中に一箇所だけある劇坂は北海道新幹線を跨ぐためのもので、三回とも歩かせてもらった。とても走り切れない。そこを過ぎしばらく行くと、日本ハムのユニフォームを着たおっちゃんが、「You’re an IRONMAN!がんばれIRONMAN!」と声援を贈ってくれた。流石に最終LAP時は漆黒の闇に包まれるため、姿は見なかったが、それでも二回も声援を受けられたこと、とても励みになった。木古内町の中心地へ入ると、てるみが待っていてくれた。時間がかかって申し訳ないことこの上ない。あと1周「1時間半はかかかるから!」と告げる。

3LAP目。もう一度スペシャルニードを受け取る。空腹感もかなりのもの。モルテンを無理やり飲み込むが、その1本がやっと。ドリンクの入ったペットボトルを手に持ち、最後のLAPへ、選手たちの流れに乗る。普段から口にしているドリンクが、何故かこの日は全く合わなかった。クエン酸を入れているのだが、やたら酸っぱいのだ。50を過ぎて、梅干しが強敵になったのだが、それと同様の違和感が胃を襲う。

更に暗闇が深まる。頼りにしていたライトが30k過ぎで電池切れという事態に。他の選手たちのライトに頼るしかなかった。かなり後ろから足元を照らしてくれたが、抜かれると再び闇に戻る。闇夜の空、北海道の夜空、早朝の嵐のような風雨、雲は嘘のようにない、正に雲散霧消。昨年の同時期は、西表島の夜空を砂浜に寝っ転がりつつ、家族の皆と感動していた。北海道の夜空も、負けていない、とても綺麗だ。空気が澄んでいるからか、瞬く星が話しかけてくれているようだ。

最後のエイドを過ぎる。各所のエイドのテーブル上には、手作りの灯篭が選手たちにエールを贈っていた。「がんばれ!」等と書かれた灯篭は、淡い電球色の光で照らし、スタッフたちの人柄を感じるようだった。「遅くまでありがとうございました。」というと「私たちも感動をありがとう!みなさんの姿に、とても感動しています!」と返してくれた。

そして、ようやくフィニッシュラインへたどり着いた。入った直ぐから「たろーさーん!、おかえり!」と、てるみの声が聞こえる。振り返りつつ、右手を挙げて応える。長い時間、付き合ってくれてありがとう!

贅沢なリクエストをすると、もう少しフィニッシュラインは長い方がうれしい(笑)

悔しいゴールとなった。

思い通りの展開にはならないし、自らのウィークポイントが如実に結果に表れた。

これがIRONMAN、フルディスタンスの面白味なんだろう。