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2025 IM Cairns Vol.2

UberXに乗車後、空港を出て15分ほど経つと、左手に緑豊かな公園が広がり始めた。緑地の輝き方がまぶしい。見た目の印象から芝生のフワフワ感が日本のそれとは明らかに違う。そしてその向こうには、一瞬、湖?と見紛う海が見えてきた。朝陽の柔らかな光を海沿いの樹々が遮り、遮光の加減はココがリゾート地であることを我々に知らせてくれる。更に進むと黒字に「IRONMAN」と染め抜かれた横断幕が視界に入り、街全体が歓迎ムードであることを示し、気分も次第に高まってくる。

道中、芝生が豊に覆う立派な競技場があり、一瞬、学校の運動場かと思ったが、後に調べるとホッケー競技場たった。確かに、平日の朝にも拘わらず、たくさんの体格のゴツイ選手たちがユニフォームを着用し、練習に励んでいた。

ホテルへ午前8時過ぎに到着。場所は、ゴールゲートを部屋から見下ろすことが出来る「Shangri-LA」。チェックイン時間には早過ぎ、到着早々の空腹感を満たしたかったため、無愛想なレセプションで受付のみを済ませ、荷物はドアマンに預けた。自分らと同じようなゲストも多く、ドアマンたちはそんなゲストたちに対応すべく、忙しく右往左往していたが、不快感は全く感じず逆に笑顔が輝いていた。

妻とスケジュールを確認。アスリートチェックイン、アイアンマンストア共に9時からオープン、朝食まで時間はある。「腹が減った」と何度もつぶやき、ホテルの外へ。

気になる気温は、少々肌寒く感じる。薄手の長袖パーカーを羽織り海の見える遊歩道「Cairns esplanade scenic walkway 」を二人で歩く。人工のラグーンプールの向こうには白いテント群が軒を連ねていた。プール名は「esplanade lagoon」といい、白い砂浜まで再現されている。しかも誰でも利用出来る、つまりは無料。水が豊かであることを水面上に立てられた5匹の魚たちが無言のうちに誇示している。

プールサイドにcafeのテラスが我々を引き寄せた。「Aqua lagoon cairns 」はオープンしており、朝のコーヒーと軽食を注文する。テラス席には、小鳥たちが警戒心を何処かへ忘れてきたかのように、テーブル下に潜り込み、おこぼれを待っている。なんともゆったりとした時間に、旅の疲れが癒される。

午前10時前、ゆっくりと朝食を済ませ、アスリートチェックインの前にショップへ立ち寄る。チェックインを優先とも考えたが、混雑している様子でもなく、直ぐに対応してもらえそうだったこともあり、売り切れる前のショップを優先した。もはや、大行列は日本での大会特有の現象か、南北海道然り、セントレア然り。

ショップではいつものワクワク感は薄かった。それは体調のせいだったのかもしれない。結局、ここでは妻のTシャツと息子のヘッドバンド等数点のみを購入したのみだった。自分が欲しいと思ったシャツはサイズが無かったことも意欲がそがれた原因かもしれないし、興奮度が薄いと自覚症状があったのは、贅沢な悩みだ。

 とは言え、店内はさすが海外のIRONMAN、定番のTシャツ、サンバイザー、サイクルジャージなど、品数、種類は豊富だった。日本国内でもこれくらいの種類が欲しいと強く主張したい。海外のIRONMANへ挑戦される方は、サイズ等SOLDOUT品が出る前に、早めにショップへ行くことをお勧めします。

 午前11時ごろ、チェックインも無事に済ませた後、重度の眠気に襲われる。スマホのバッテリー残量も一桁になり、近くのマックへと移動する。もちろん、充電目的で。しかし、Aus.のマックは非情だった、、、妻が充電できるお店をさがしてくると言い残し、自分は歩道に設置された花壇の縁で、少し寝ることにした。屋外とかなんとか気にしていられないくらい、体調的に少々ダルイカンジではあった。目が覚めた時刻は午前12時少し前。

目が覚めると、隣に妻が座っている。こちらをのぞき込んで、様子を伺っている。充電できるお店はなかった様子で、ランチの時間も近いことから、彼女のお勧めのお店を紹介してくれた。場所は、寝ていた直ぐ右側の建物内にあるレストラン。出入口がわかりづらかったが、EVで屋上まで上がるとそこがレストランだった。

 レストラン「Oaks&Vine」は「OAKS」ホテル内にある。ニュージーランド、ウェリントンで宿泊したホテルと同名だ。夜になると、ホテルの壁面にOaksの文字が光り輝き、RUNの目標物になった。眺望はケアンズの海が眼下に広がりとても開放的だった。おまけに、スマホの充電をお願いすると、気持ちよくOK。

 クラブハウスサンドとやきとりチャーハンのランチを注文する。量と味ともに大満足だった。海と会場を見下ろすロケーション、マイクを使ったアナウンスも耳に入ってくる。SAMさんの日本語ブリーフィングがそろそろ始まる時間になった。

、、、to be continued

 

旅行

IRONMAN Japan みなみ北海道 Vol.6

北海道が会場。

移動手段は幾つもあった、考えただけでワクワクする、飛行機、新幹線、自走、、、その中で優先事項はBIKEの持込みだった。選手たちの中には、西濃運輸等へ配送を委託するケースも見られ、タカさんはその方法だった(と思う)。自分はと言えば、56錬をギリまでやっておきたかったこともあり、配送は念頭になし、振り返ってみると、この数年、自身のトレンドは輪行である。そうなると、飛行機へ飛びつきたい、何と言っても短時間で楽だ。東北新幹線も乗ってみたい、、などと、明後日の方向へと思いを巡らしている内、あっという間に梅雨が明け、セミが大合唱する7月に入っていた。暑いからなのか冷や汗なのかわからないが、ジワリと気持ちに焦りが生じた。

IRONAMANの公式スケジュールは割と早くに公開されていた。自分は5月から1週間に一度確認をしていた。というのも全文英語表記であるため、凡そ見慣れた感はあったから何とも思わなかったが、、、違和感が生じたのは、受付会場やゴール会場も英語表記であったこと。英語表記のまま地図を検索しても出てこない。日本語表記の表示とは異なり、グーグルマップで何度も確認、しまいには疑心暗鬼になってくる始末。結局、大きな注意点を見落としたまま、行程を決めてしまった。。。

太平洋フェリーは名古屋港から出航

今年ほど北海道の地図を見たことも記憶にないかも。今から30年以上前、ブック形式の全国地図を片手に、北海道への地図を開きつつ、地図に示された地名を見て、そこで広がるであろう色々な風景を想像する、それはそれで味があった気がする。当時、愛車だったランドクルーザー80で北海道を旅した、その時は全行程ランクルで移動。只管高速を北へと進み、大間港まで行き、函館へフェリーで渡った。隣のてるみが、いつも楽しそうに、地図と窓から見える風景を眺めつつ。そうした中、「いつかはフェリーで北海道」との古い憧れと、今回の旅程とがリンクしてきた。そう、「いつかはフェリーで北海道」を今こそ実現すべく、フェリーでの移動をチョイスする。

名古屋港発は、太平洋フェリーがある、というかそれしかない。日程と航路を念入りに調べる。名古屋港を19:00に出航、翌日16:40仙台港へ寄港し同港を19:40に出航、翌日11:00に苫小牧港へ到着、水曜日の夜に出て、金曜日の午前着という船旅。

復路は、違うフェリーにも乗りたい気持ちから、小樽港から新潟港への移動とした。船会社は、新日本海フェリー、NHKの番組「ドキュメント72時間」でも取り上げられていたアレ。小樽港を17:00に出航し、新潟港に翌日09:15に到着する。

その後、大変な事実に気付く、そう重大な注意点を見落としていた。試験の答案に自分の名前を書き忘れたような感じ。。。周囲の友人たち(エントリー済み)も、その事実に驚愕。それは、アスリートチェックインと言われる、選手受付のデッドラインが、9/13(金)14時までという事実。正にホラー映画が現実化したようで、大画面への破壊力は凄かった…

この破壊力は、大西洋に浮かぶ氷山よりも強固で、予定していた名古屋港発のフェリーを転覆させることになる。というのは、到着予定の苫小牧東港から受付会場の北斗市まで、Google先生は3時間超の所要時間を示す、それは受付に間に合わないことを意味する。高速だから何とか時短出来るだろうと、根拠のない自信と、なんちゃってうちなー気質が、ココロをファジーにしていく。しかし、間違いがあってはならない。時折り「間に合わなくてもいいかぁ〜」という囁きも聞こえてくる。しかし、受付に間に合わないという悪夢にうなされた時には、やっぱり何とかせねばならんと思い始めた。

そんな悪夢をてるみに話すと「往復共、新潟発にしたら?」と。「お〜!」そんなことにも気づかなかった自分に呆れる。まるで、Back to the futureのドクの心境「わんぽいんととぅうぇんてぃわんジゴワット!?」と同等のシーンを演じた。悩んでいた自分と時間はいったい何だったんだ!シミュレートしてみると、コレがまた旅程にマッチすること。笑 水曜日の夜出発は変わらず、火曜日中に帰るのも変わらず。

航程は、水曜日の夜出発、22時頃直江津の「門前の湯」へ到着し一泊する。翌日9時頃出発し、12時新潟港発のフェリー乗り場へ到着、翌々日の金曜日午前4時30分に小樽港到着というもの。なんとも、受付時間まで余裕である。因みに「門前の湯」は、佐渡へ渡る際、定宿として何度も利用していた。直江津港へ自動車で5分とかからない立地と、疲れを癒す「くびきの温泉」に浸ることができる。

新潟港。

寄港していた「らべんだあ」という名のフェリーの姿を見たときの興奮度は、IMを完走したときのそれと同一であった(笑)。「佐渡もそうだが、旅は船旅に限る、なんといっても、旅情を誘うなぁ」と気分は旅人。因みに復路は「あざれあ」であったが、大きな違いはなかった気がする。

新潟港で小樽航路の文字を見るだけで興奮する

360度見渡す限り海に囲まれ

意外だったのが、ぐるりと360°見渡す限り、海上を航行したことだった。普通は、島影があったりで、なかなかそんな風景にはお目にかかれないのだが、船旅の醍醐味を存分に味わった。

往路は運良く快晴に恵まれ、日本海へ沈んでいく夕陽がとても美しく感動。水平線を避けるように雲がなく、海へ沈んでいく様、見ていて飽きなかった。余りにも色々なことに恵まれすぎて、レース時に何かあるんではないかと、心配するほどだった。

翌金曜日の午前4時30分、船は無事に小樽港へ入港した。船の揺れを感じることなく、また、心地よいエンジン音が規則正しく耳に届き、ぐっすりと寝ることが出来た。

下船後は、一目散に函館市を目指す。9時到着予定で、函館市の海鮮市場で、朝食にありつく為であった。リサーチはバッチリ済ませてあった(笑)

自車で北海道を走る、人生で二回目のドライブだ。距離約230km、時間約3時間30分、途中動物の飛び出しに注意しつつ、朝食会場を目指す。。。

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IRONMAN Japan みなみ北海道 Vol.5

抑え抑えてBIKEを終了。タイムは理想に全く届かず、とは言え、てるみに伝えていた目標タイムと、ほぼ同じだった。

T2を出ると待ち構えていたのは階段!大問題を抱えているのに… 前日バックを預ける際、てるみと「180キロの後、アレを降りてくるんだ!?」と見て笑った件「手すりをしっかり持って降りてきてね!」と彼女からアドバイスをもらい、左手でしっかり掴んだのであった

足元にお気をつけやっ笑

T2に入る寸前から、どうもお腹が実にヤバい、しかも、緊急性の高いさはMAX。

着替えをテント横のパイプ椅子で済ませるが、その間中頭をよぎったのは、大問題爆発事件…それほどヤバい状態だった。幸いだったのは、振幅の波が大きかったことで、あちらへ波が去ればなんてことないが、コチラへ寄せてきた際は、いつ爆発してもおかしくなかった汗 

全く落ち着いて着替えられない。ソックス等の着替えを持って先に大問題を解決すべきとも考えたが、そのトイレの位置をスタッフへ確認するとあの階段下とのこと。もし大問題を抱えつつふらつく足取りで下ると確実に、あの蒲田行進曲の平田満の如く「銀ちゃん!」と叫びつつナチュラルに階段落ちを演じる羽目になりそうだ。しかも映画とは違い、階段の素材は木造ではなく石造り、、、血みどろの顔が目に浮かぶ

血みどろはマズい。気を取り直し波が収まったところで、着替えを進めるがココで厄介なのは、バイクソックスからの履き替え、五本指ソックス。それに加え、補給食を爆食しなきゃならなかった。ダブルの問題と大問題の三つを抱えつつ、三拍子で対応する。

階段を降りると、てるみの黄色い声援(笑)「と、といれ、、、」と応答も寸時にすませて、駆け込む。基数が少ないので遠目から祈る気持ち。それよりもトイレ前に行列が無いため顔が緩む。運よく待ち時間なしで問題を解決した。

後方のトイレは和式だった…

結局、補給食を飲み込むことができず、一口も食べられなかったが、大問題は何とかクリアできた、、、しかしながら和式トイレだったというオチ笑

そして、いそいそとランをスタートした。ペースは上がらない。キロ7分がやっとだった。何とかキープしたい気持ちであったが、そこは全くあかんかった。

気持ちを切らさず、歩かないように、、、とするも、そんなに甘くはない。BIKEで頑張らないように、心拍数を上げないようにと抑えていた筈が、やはりそうでもなかった。心拍数に気を取られ過ぎてパワーを抑えきれていなかったのかもと、STRAVA先生に教えてもらうと、やはりそうだった。強度は75%で加重平均パワーが149w、自分のFTPは200w程度なので、120wに抑えるべきだった。心拍数も最大が175bpm程度なので、平均は105bpmとすべきところ平均131bpmで最大のそれは159bpmだった。感覚的には110-120bpmのつもりだったが、この辺の判断が緩かったと言えよう。

補給の判断も緩かった。補給はS.Nも含めて、しっかり準備をしていた。総カロリー数は1,500kcal程。、BCAA+経口補水液+アミノ酸のドリンク、塩。それらの殆どを口にすることがなかった。というか、補給する気にもならなかった。エイドで準備された補給食は、バナナ、リッツ、じゃがりこ、塩タブ、そしてドリンクといった風で、時間の経過と共に空腹感にも追い打ちを掛けられた。失速はさらに明らか。周囲の選手たちはサクサクと走っていく。その姿を追い越すことも追いかけることもできず、ひたすらひたひたと修行に徹する。

ランコースは、以前の佐渡ランコースに似た田園風景が広がる。流石に国立平野が続く広大さは感じられないが、周囲を山々に囲まれ、いつ熊が出てきてもおかしくない(笑)

熊ついでに、数台のBIKE伴走が、鈴を鳴らして行ったり来たり。明らかに「熊除けの鈴」だった。呑気に「熊なんて出てくるわけないわ~」なんて絶対に思えない程、コースは自然と共生していた。「あの斜面から出てこられたら、逃げ切れんな」とマヂで思った。実際後から聞いた話だと、大会当日から割と近い日、現地で女性が何者かに喰いちぎられた状態で見つかったらしい、、、熊に出くわさないことを祈る(^^ゞ

1LAP目、少しずつ日が暮れてきた。2、3LAPの選手たちは右へ回避、左側はフィニッシュラインのエムドットがチラつくコースへと誘導される。フィニッシュゲートを横目にしつつ周回を重ねるのは、弱いメンタルを直撃するから嫌だ(笑)

この直ぐ先にスペシャルニードの受け渡し場所がある。そこで、しばし休憩しつつ、暗闇対策に購入したライトをサンバイザーのツバへ装着する。確かに照明が少なく、暗くなるにつれて足元が不安になってくるように思えた。

2LAP目、木古内町の夕焼けがとても綺麗だ。わずかな時間しか味わえなかったが、レースに参戦していることの喜びを感じずにはいられない。ペースは、1kmあたり歩く時間と走る時間が半々になってきた。大問題はアレから起きることはない。そんな中、サクサクと走る小島さんにぶち抜かれた。そもそも抜かれてばかりではあったが、あの快適に走り切る後ろ姿には脱帽だ。そして彼女は見事KONAのSLOTをゲットした。

相変わらず、熊除け隊のBIKEが伴走してくれる。途中に一箇所だけある劇坂は北海道新幹線を跨ぐためのもので、三回とも歩かせてもらった。とても走り切れない。そこを過ぎしばらく行くと、日本ハムのユニフォームを着たおっちゃんが、「You’re an IRONMAN!がんばれIRONMAN!」と声援を贈ってくれた。流石に最終LAP時は漆黒の闇に包まれるため、姿は見なかったが、それでも二回も声援を受けられたこと、とても励みになった。木古内町の中心地へ入ると、てるみが待っていてくれた。時間がかかって申し訳ないことこの上ない。あと1周「1時間半はかかかるから!」と告げる。

3LAP目。もう一度スペシャルニードを受け取る。空腹感もかなりのもの。モルテンを無理やり飲み込むが、その1本がやっと。ドリンクの入ったペットボトルを手に持ち、最後のLAPへ、選手たちの流れに乗る。普段から口にしているドリンクが、何故かこの日は全く合わなかった。クエン酸を入れているのだが、やたら酸っぱいのだ。50を過ぎて、梅干しが強敵になったのだが、それと同様の違和感が胃を襲う。

更に暗闇が深まる。頼りにしていたライトが30k過ぎで電池切れという事態に。他の選手たちのライトに頼るしかなかった。かなり後ろから足元を照らしてくれたが、抜かれると再び闇に戻る。闇夜の空、北海道の夜空、早朝の嵐のような風雨、雲は嘘のようにない、正に雲散霧消。昨年の同時期は、西表島の夜空を砂浜に寝っ転がりつつ、家族の皆と感動していた。北海道の夜空も、負けていない、とても綺麗だ。空気が澄んでいるからか、瞬く星が話しかけてくれているようだ。

最後のエイドを過ぎる。各所のエイドのテーブル上には、手作りの灯篭が選手たちにエールを贈っていた。「がんばれ!」等と書かれた灯篭は、淡い電球色の光で照らし、スタッフたちの人柄を感じるようだった。「遅くまでありがとうございました。」というと「私たちも感動をありがとう!みなさんの姿に、とても感動しています!」と返してくれた。

そして、ようやくフィニッシュラインへたどり着いた。入った直ぐから「たろーさーん!、おかえり!」と、てるみの声が聞こえる。振り返りつつ、右手を挙げて応える。長い時間、付き合ってくれてありがとう!

贅沢なリクエストをすると、もう少しフィニッシュラインは長い方がうれしい(笑)

悔しいゴールとなった。

思い通りの展開にはならないし、自らのウィークポイントが如実に結果に表れた。

これがIRONMAN、フルディスタンスの面白味なんだろう。

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IRONMAN Japan みなみ北海道 Vol.4

メインディッシュはBIKE。

なんて、以前は口が裂けても言えなかった。そんな弱いマインドを180度転換してくれたのは、言わずと知れた「筧五郎」さん。そしてそこへいざなってくれた、未会のエース桑さんこと、桑本忠晃氏だった。

北海道前の最後の練習風景 Legends of KONA の二人に囲まれて…

毎週水曜日の18時からパワートレーニングを続けて三年目になる。相変わらず桑さんの足元にも及ばないが、冒頭の言葉を言えるようにはなり、BIKEが好きになった。

だったが、今回「も」タイムは期待外れであった。まだまだ弱い。

まだまだ弱い自分、いつになったら強くなるんだろ

バイクコースは、自動車専用道の函館・江差自動車道を上下線共に通行止めとした贅沢なコース。

愛知県知多半島を舞台としたIRONMAN70.3では、当時は愛知県(今は愛知道路コンセッション株式会社)が管理した、これまた自動車専用道の知多半島道路の一部(片側車線のみ)がバイクコースだった。しかも第1回は、中部国際空港へ渡る橋をランコースとしていた。それを考えると、今回はご褒美としか思えない。

安全を祈りつつ、、、

その自動車専用道路について触れておきたい。コースに使用された自動車専用道は、フリーウェイ。とはいえ、本州の東名高速、中央高速などの有料高速道路と何ら変わりがない。違いはというと、無料ということ。

日本国の本気度がスゴイ!(笑)

もう少し掘り下げると、日本全国にある高速道路や国道は「高規格幹線道路」といわれるもので、函館・江差自動車道は、一般国道自動車専用道路に該当する。そうなると、おなじみのNEXCO何とやらに登場する余地はなく、維持管理は直接、国、つまり国土交通省北海道開発局が行うことになる。これって、さらっと見過ごしがちだが、めっちゃスゴイことだと思わない?

クレイジーなひとり、、、

何故スゴイかって聞かれることもないだろうが、一部のクレイジーな愛好家達のため、国が動く、つまり全面支援をすることに等しいから。その本気度は、国交省のプレスリリースからも明らかで、ハッキリ「応援します!」と言い切っている(笑)こんなクレイジーなリリースを多くの国から訪れる参加者はどう感じたか知らんが、来年も是非、クレイジーな連中へ届けてほしい!

本気度がスゴイ!

ついでに、もうひとつ。お馴染みの道路情報の表示板について。黒地にオレンジのLEDが光るタイプ、何キロ先渋滞、工事中等ドライバーへの情報提供が通常営業。ところが、今回は違う!木古内ICから函館へ向かう、茂辺地ICの手前の表示板が、めっちゃイケてた。黒地にオレンジLEDの文字!

だよ!みたことある?ふざけてるよね(笑)

いやいや、

本気度がスゴイ!んだな(笑)この表示を見たときは、吹っ飛んだし、感涙にふけた。選手たちは、このメッセージを三回拝むことになり、、四回見たら、おつり分の周回ミス。兎に角感謝。大会関係者の苦労が、この一点からも報われたと心底思った。

北海道開発局の皆さん、心よりお礼申し上げます。m(_ _)m

ANYTING IS POSSIBLE!

函館・江差自動車道、普段は住民の方もあまり利用しないらしく、路面はアスファルト特有の凹凸も少なく、このことで利用者の少なさが証明された。二箇所あるトンネルの事前情報では、相当暗いということだったので、調光サングラスと前後のライトを完備しておいたが、暗さがストレスになることはなかった。

トンネル内は明るかったぜ!
何て贅沢なんだろう!

コースは2周とちょっと。約3周といっても良いだろう。快適な180kmの旅だった。これほど快適で、あっという間のコースは初めての経験だ。獲得標高1,400m超との数値をみると少々怯んでしまうが、実際は登り下りともにそれはそれは長い距離を要するので、気になることもなかった。

このコースのように高速道路を使用する大会は、昨年参戦したフィリピンでも同じ。比国の高速道路整備は日本のJICAによるものであったため、路面はとても滑らかでストレスを感じることも全くなかった。うねり具合も同じ感じである。本大会では、多少路面が粗い箇所もあったが、全体的には、フィリピンのそれに匹敵。ハッキリ言えるのは、自動車専用道路という安心感から、安全性が高くノーストレスであることが一番だということ。落車経験者だけに強く感じた。

ノーストレスのコース!

今回は、多くの仲間たちとレースを楽しんだ。SWIMで出遅れている分、タカさんこと服部タカトシさん、高田さんたちを何処で捕まえられるか楽しみだった。周回を重ねるが、なかなか捕まえ切ることができない。高速コースであったことから、簡単ではなかった。高田さんの姿を捉えられず、相当速いなと思っていたが、いつの間にかパスしていたようだった。ようやく、110km超えた辺りで、タカさんを発見!登りに差し掛かった後ろ姿から、相当な辛さを感じた上で「タカさん!やっと捕まえた!」と声を掛けると、「あ”~捕まったぁ~100km超えたら疲れて大変だぁ」と返ってきた。こんなやり取りが楽しい。結局、千葉県の齋藤さんは捉えられなかった。

いよいよBIKEの旅が終わる

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IRONMAN Japan みなみ北海道 Vol.3

前菜が並べられた海面は、大人しく選手たちを飲み込んでいった。自分も暫く歩きつつ、徐々に戦闘モードへと突入した。

コーナーブイも思いのほか見えたし、目標物の函館山等の視認性は高かったように思う。選手同士のバトルもノーストレスといって良いだろう。

水温は全く問題なし、冷たいことが心地よい。見た目には冷たく感じた海水が気持ちよく感じるほどであった。透明度はというと、それほど良くはないが、何処かの海のようにめっちゃ汚いという印象はナシ。

スタート直前!

応援、観戦は、T1の後方でしかスペースが無かった。つまり、選手やマーシャル以外、水際まで来ることはできない。この措置は何故かは不明であるが、、、。なので、遠くに見る応援者へ自身が駆け寄っていくしかない(笑)

そういえば、前日、前々日と、海岸では貝殻やゴミ拾いのスタッフが沢山いた。選手同士の会話では「貝殻に気を付けないと、足を切るね」などと心配する向きもあった。確かにその心配は皆無ではなかったが、あの姿を思えば、自らがケガをしないよう、注意をすべきだと痛感した。実際、足元を見ながら感じたのは、砂浜はとても綺麗だったということ。

前屈立ち下段払い
スタートまで、なんせやることがない、、、

1LAPして、一旦上陸。気になるタイムは41分程度。調子は悪くない、泳いでいてわかった。相変わらず応援者の姿は遠い。気を取り直して、2LAPへ突入する。遠浅は変わりなく、のろのろと周囲の選手と共に、函館山を目指す。

主を待つBIKEたち

2LAP目は、明らかにペースダウンを実感。蛇行していたことが原因。第二コーナーから第三コーナーへ向けての方向がなかなか定まらない。途中、ふくらはぎに違和感が発生し、誤魔化しながらのスイムになったことも要因か。

T1でのお色直しは恒例行事。今回は、インナー着用から始まり、上ジャージ、アームカバー、カーフガード、グローブなどなど… 砂地だったことも手伝って、足先を準備しておいた水で丹念に洗いつつ、そして北海道だから「もぐもぐタイム」。五本指ソックスはランに譲ったので、あとは休憩し、、、なんてやってるから20分近く時間を要してしまう。毎回同じように時間を要し、全く改善する気もないように思われるが、時短を目指している気持ちは一応持ち合わせている(笑)

カーペットは選手の動線を誘導する役割を果たしていたが、場所は砂浜、BIKEシューズのクリートは固く締まった砂で埋められ…ペダルに何度も笑われた選手も多いだろう。

バイクパートでは、どこまで寒いかが不明だったが、ウィンドブレーカー着用と、北斗市内で購入したアームカバーは正解だった。今年行った、ニュージーランドと同等の気温条件だと予想していたが、これは予想通りだった。

おっと!SWIM UP後の和田さん発見!

BIKEを押して、乗車ラインを越える。向こうにてるみの姿が見えた。そこまで押していく。実は、BIKE用のポンプと胸のHRモニターを車中へ忘れていたため、可能なら持ってきてほしいと告げていたのであった。彼女はパーフェクトだった(笑)

それらを受け取って装着。

二度目のポンプ問題

「いってらっしゃい!」の返答に「安全第一で行ってきます!」と告げて、メインパートのBIKEへと移る。楽しみでしかない。

わくわくしながらの180kmがスタート